お客様が金融機関(銀行,証券会社など)で証券取引を行い,多額の損失を被った場合,交通事故の示談交渉のような方法で被害を回復することは法律上禁止されています(金融商品取引法39条「損失補てんの禁止」)。「損失補てんの禁止」の例外として,金融ADR,民事調停,訴訟の手続きを通してお金が支払われる場合には許されることになります。よって,お客様が金融機関に対して被った損害の賠償を求める方法は,上記の方法をとる以外にありません。
金融ADRは,証券・金融商品あっせん相談センター(通称「フィンマック」)か,全国銀行協会(通称「全銀協」)で行っています。
いずれの手続きも代理人を立てずに行うことができますが,実際には法律の素人の方があっせん委員や相手方と対等に議論を交わすことは極めて困難ですので,代理人を立てるか否かは別としても申立を行う前に金融ADRの経験が豊富な専門の弁護士に相談した方が良いです

金融ADRは,専門のあっせん委員が仲介して紛争の解決に努める制度ですが,双方が互譲の精神で紛争を解決しようとする姿勢がないと解決には至りません。金融ADRのことをよく知らない方が,あっせん委員は顧客側の味方をしてくれると勘違いされていることを多く見受けますが,あっせん委員はあくまで中立公平な立場で紛争の解決をあっせんするだけで,顧客側の味方をしてくれるわけではありません。また,相手方があっせんによる解決を望んでいない場合,金融ADRは不調で終わってしまいます

民事調停は,簡易裁判所で,民事調停委員が中心となって,紛争の解決に努めてくれる制度です。しかしながら,担当する民事調停委員が証券取引の専門的な知識があるとは限りません。むしろそのような専門的な知識があることを期待する方に無理があります。証券取引の内容を理解し,その問題点を認識してもらうには,証券取引に関する高度専門的な知識が不可欠なので,民事調停の申立は双方当事者がそこでの解決を望んでいる場合以外には現状あまり利用されていません。

民事訴訟は最終的な紛争解決手段であり,強制力がありますが,時間がかかる点が他の解決手段と比べて短所です。しかしながら,金融ADRが事実認定を行うことなく,双方互譲の精神で紛争解決を図る制度であるのに対し,民事訴訟は証拠に基づき事実認定を行い,裁判所が和解か判決で紛争を解決する制度です。事案が複雑な場合や,被害金額が高額な場合は,最初から民事訴訟を検討された方が良いでしょう

調査について

当事務所では,事件の委任を受ける前に証券取引の調査を行うことがよくあります。その理由は,お客様自身が自分の証券取引の内容をよく分かっていないことが多いからです。お客様自身が自分の行った証券取引の内容をよく分っていない場合,お客様の曖昧な記憶に頼って事実を整理すると,あとで客観的な事実(例えば,取引の経過や損益の発生状況)と矛盾・齟齬をきたし,裁判所の信用を失ってしまうことになります。したがって,当事務所では,必ず証券会社から「顧客勘定元帳」(「顧客口座元帳」ともいいます)という法定帳簿を取り寄せてもらい,その内容を「証券取引一覧表」に整理し,証券取引の内容を精査することにしています。この「証券取引一覧表」を作成することで,お客様の曖昧な記憶や先入観に頼ることなく,客観的な事実を踏まえた事実整理を行うことが可能となるのです。なお,お客様が外貨で証券取引を行っている場合は「外貨顧客勘定元帳」を,信用取引を行っている場合は「信用取引顧客勘定元帳」も取り寄せしてもらいます。

「顧客勘定元帳」から「証券取引一覧表」を作成することで,何時頃からどのような証券取引を行い,いかなる取引でどの程度の損益が発生したのかが明確になります。また,「回転売買」や「過当取引」が疑わる事案では,売買回転率(お客様の資金が年間で何回転しているのか,回転率が高いほど回転売買が疑われる)や,手数料率(損益に占める手数料の割合)を算出します。

それから,証券会社は,重要事項の説明や重要書類の交付に当たって受領書や確認書を徴収することが多いので,それら書類のコピーも貰ってもらっています。また,近時,証券会社は全店でお客様との会話を電話録音していますので,「言った,言わない」の水掛け論を防ぐため,事前に会話録音を証券会社に提出してもらうこともあります。なお,証券会社側が保有する証拠(受領書,確認書,電話録音など)について,改竄や滅失のおそれがある場合には,裁判所を通じて証拠保全手続きを利用します。