2010年 9月 8日「中小企業のための為替デリバティブ対策」(帝国データバンク)
日刊帝国ニュースにコメントが掲載されました。(2010年9月8日)
中小企業のための為替デリバティブ対策

1 はじめに

一昨年の秋のリーマン・ショック以降の円高の影響を受けて、それ以前に銀行から勧誘されて締結した為替デリバティブ取引で多額の損失を被っている中小企業の相談事例が激増しています。帝国データバンクの調査によると、為替デリバティブ取引が原因で倒産した企業の件数が今年に入って明らかに増えています。最近の1USドルが85円前後で推移する状況が続けば、支払に行き詰まる企業が続出するのは確実です。
中小企業の経営者の方々の中には、自分が契約書にサインしたのだから仕方がないと諦めている方々や、銀行からの要求は拒否できないと考えて真面目に支払いを続けている方々が少なくありません。しかしながら、そのような対応ではいずれ破綻するのは目に見えており、早急に対応策を打つ必要があります。

2 そもそも「為替デリバティブ取引」とは何か

「為替デリバティブ取引」とは、為替を原資産として金融技術を駆使して組成した金融派生商品で、通貨オプションやクーポンスワップが含まれます。デリバティブ取引の特徴は、何と言っても現実とかけ離れて仮想の世界で商品を作り出すことができる点でしょう。例えば、商品を仕入れて卸すのであれば、現実に商品が存在し、それに対する対価の支払いがなされますが、オプション取引は権利の売買であり、スワップ取引は想定元本に対する金利の交換であり、いずれも概念上の世界で作られた商品です。そのため理屈さえ成り立てば、どのような商品でも作り出すことができる点が最大の特徴です。以下、「為替デリバティブ取引」の代表である「通貨オプション取引」の説明をします。「オプション」とは「一定の期日に一定の金額で何かを買う権利」もしくは「売る権利」です。そして買う権利のことを「コールオプション」、売る権利のことを「プットオプション」と言います。通貨オプション取引の場合、円を売ってドルを購入する権利を「ドルコール円プットオプション」と呼び、ドルを売って円を購入する権利を「ドルプット円コールオプション」と呼びます。今回問題となっている通貨オプション取引の場合、顧客である中小企業は銀行から「ドルコール円プットオプション」を買う一方で、銀行に「ドルプット円コールオプション」を売っています。問題なのは、この「オプションの売り」なのです。オプション取引を知っている人であれば、「オプションの売り」が利益限定損失無限定であることは皆知っています。すなわち「オプションの売り」は、損失無限定のリスクを引き受ける代わりにオプション料(プレミアムとも言います)を貰うのですが、今回の取引では、中小企業は「オプションの売り」と同時に「オプションの買い」を行っているので、オプション料は相殺されてゼロになっているのです。なお「オプションの売り」がリスクの高い取引であることは最高裁の判決(平成17年7月14日第一小法廷)でも認められています。
さらに、今回問題となっている取引では、顧客が銀行から買うオプションの2倍、3倍の量のオプションを銀行に売っていたり、権利発生条件と権利行使価格に「ギャップ」と呼ばれる差が付いていたりするので(例えば1ドル90円に達すると100円で購入しなければならない)、その分リスクが増大しています。

3 今回の取引の問題点

私が今回の取引で問題と考える点は以下のとおりです。
①期間が長い
私が見た中では5年物が最も多く、中には7年物や10年物がありました。また契約の開始が締結から数年後になっている商品もありました。プロでも数年先の為替相場を予想することは困難なのに、素人である中小企業が契約時点で適切な判断ができたとはとても思えません。にもかかわらず長期間にわたって何十本もの「オプションの売り」取引を行っているのです。
②中途解約権がない
顧客側からの中途解約権は原則として認められていません。そのため、契約後に契約の途中解約を申し出ても、銀行側は原則として応じていません。仮に銀行側が応じたとしても、莫大な解約損害金を負担させられます。私は、この解約損害金の計算根拠について、銀行側から素人にも分かるような説明を受けたという話を聞いたことがありません。
③為替リスクをヘッジするとの説明
銀行側は中小企業に為替リスクをヘッジするための商品として今回の取引を勧誘していますが、商品の説明としてはミスリーディングだと考えます。なぜなら円安局面では確かに為替リスクのヘッジになりますが、円高局面では為替リスクを負担させられるだけなので、全体としては為替相場を投資指標とした投機商品、平たく言えば、為替相場という偶然の事情に勝負を賭けた博打商品であると考えられるからです。特に為替リスクも負っていない企業に今回の取引を勧めているケースでは、経済的合理性は全く見い出せないと考えます。

4 為替デリバティブ取引に対する対応策

私は、為替デリバティブ取引の支払いに苦しむ中小企業数十社から、これまで相談に乗ってきました。その実例に基づいて、私が考える対応策は以下のとおりです。

①支払いを停止する
個人でも債務の支払いに窮した場合、弁護士に委任するなどして債権者に受任通知を発送し、一旦、支払いを停止します。それによって、パニック状態を解消し、今後の支払方法などを冷静、客観的に見つめ直すことができます。それと同様の方法です。ただし、受任通知の内容や、借入金への影響、預金の相殺、担保権の実行、取引口座の凍結といった銀行側からのリアクションへの対応を検討する必要がありますので、専門家と相談しながら勧めた方が無難でしょう。
②銀行と交渉する
銀行も法的整理に入られるより企業が存続して一部でも支払い続けてくれる方が良いので、交渉のテーブルにはついてくれます。例えば、為替デリバティブ取引を全部ないし一部解約して解約損害金を負債化し、企業側の支払可能な金額で支払い続けるとか(リスケジュール)、解約損害金請求権をバルクセールを通じて第三者に売却して貰い、買取後の第三者と減免交渉を行うなどといった方法が考えられます。ただし、銀行との間での支払金額の減免交渉は難しいので、その場合は次の第三者機関を利用します。
③第三者機関を利用する
第三者機関を利用する方法としては、全銀協のあっせん申立て、簡易裁判所の民事調停、地方裁判所の民事訴訟があります。どの方法を利用するのが良いのかはケースバイケースなので、専門家に相談して下さい。なお、全銀協のあっせんについては全銀協のホームページにあっせんでの解決事例が簡単に掲載されています。解決できるか否かのポイントは、①違法性の程度と②支払能力いかんによるように思います。①については、為替リスクを負担していない企業への勧誘や、実需を大幅に上回る量の勧誘があった場合、比較的違法性が認められ易いように思います。
④私的整理、私的再生を検討する
中小企業再生支援協議会による私的再生、会社分割や事業譲渡、第2会社方式など、私的整理、私的再生の方法があります。
⑤法的整理を検討する
法的整理には、破産申し立てと民事再生の申し立てがあります。守る物が全くなく、本業自体の見通しが暗い場合、破産申し立てを検討すべきですが、再生が可能であれば民事再生を検討すべきでしょう。最近の倒産事例で数億円単位の為替差損を負担した揚句に倒産した事例がありましたが、そのような巨額の為替差損を負担する前に打つ手がなかったのか気になります。また民事再生の申し立ての場合、申し立て段階で相当の費用がかかること、原則として取引上の債権も支払停止及び債権カットの対象となること、債権者の同意を得て裁判所の認可を得られるような再建計画を策定する必要があることから、一定の事業価値が見込まれる企業が対象となるでしょう。