ブラジルレアル仕組債
2014年から2016年にかけて5年満期のブラジルレアル仕組債が証券会社によって店頭取引という形態で大量に販売され,近時のブラジルレアル安によって多くのブラジルレアル仕組債がノックインして大きな元本割れが発生しています。為替連動型の仕組債が為替の上げ下げに賭ける博打商品であることは既に説明しましたが,ブラジルレアルという通貨の上げ下げに5年間賭けることの恐ろしさを顧客はもちろんのこと,販売している証券会社もよく分かっていないのではないかと思うことがありますので,以下,ブラジルレアルという通貨について解説したいと思います。
ブラジルレアルという通貨はブラジル連邦共和国が発行している通貨ですが,その呼称は1994年からです(それ以前はブラジルクルゼイロとかクルザードと呼ばれていました)。ブラジル連邦共和国は1980年代に対外債務が膨大に膨らみ,国内で物価が高騰し続け,このインフレ対処のために通貨切り下げ(デノミネーション)を繰り返して行いました。すなわち,1986年に1/1000,1989年に1/1000,1993年に1/1000,1994年に1/2750と,実に2.75兆分の1という通貨切り下げを行ったのです。そして,このような激しいデノミネーションをブラジル政府が行ったという事実は,ブラジルレアルという通貨がいかに脆弱・弱小通貨であることを物語っていると言えます。すなわち,ブラジル経済,世界経済,国内外の政治的なできごと等々が,ブラジルレアルという通貨の交換価値を激しく下げるということに繋がるのです。
そして,実際に1994年以降,ブラジルレアル/円の為替レートは,1995年には100円以上であったのが,2020年6月段階で20円を割っており,実に5分の1以下の価値に下がってしまった(通貨の価値の下落=デノミネーション)のです。しかしながら,前述したブラジル政府の僅か8年間における激しいデノミネーションの歴史に鑑みれば,ブラジルレアルという通貨は8分の1の12円とか,10分の1の10円になる可能性は非常に高いことが分かります。また,ブラジルレアルは1994年管理相場制でスタートしましたが,1999年には管理相場制を維持できなくなり完全な変動相場制に再移行しました。
このようなブラジルレアルという通貨を巡る歴史に鑑みれば,今回のブラジルレアル安は想定外の出来事ではなく十分に想定内の出来事であることが分かります。
にもかかわらず,ブラジルレアル仕組債を販売した証券会社は,リオオリンピックやワールドカップサッカーが開催されることを理由にブラジルという国が将来有望であるとか,リーマンショック後でも36円台であったのでノックイン価格に達することは考えられないといった謳い文句で販売していました。
販売証券会社は,ブラジルレアル仕組債を販売した時点で仕組債の発行者(海外金融機関等)から手数料収入が入り,その後,ブラジルレアルが上がろうが下がろうが収益には影響しません。ブラジルレアルが少し上がるとノックアウト(早期償還)してゲームオーバーとなりますが,ブラジルレアルが下がると顧客は年率0.1パーセントという超低金利で5年間ブラジルレアルの下落リスクに晒され続け,取引所のような流通市場がないので,損切りして逃げようにも逃げられない状態に追い込まれるのです。
このような不利なゲームに参加させられた顧客の殆どが金融リテラシーの低い人達であることを考えると,未だに我が国では,フランク・パートノイ氏が「フィアスコ」(徳間書店1998年発刊)で告白していた1980年代に米国で行われた仕組債販売(他人の財産をぶんどって自分の利益にする)の歴史が繰り返されていると言わざるを得ません。